2009年2月1日日曜日

文教大学での講義




先日、文教大学で上映会+講演会を開きました。

ながのアープロジェクトで作った映像作品は、撮影したその場の学校で、出演した生徒が出迎えて成立する作品だったので、違う地域で映会しても意味はないと思っていまして、上映会をするつもりはありませんでした。

しかし、上映会+講演会とのことなので、自分の考えていること、経験したことが大学生に何かのきっかけにでもなってもらえればと思い引き受けました。

講義の内容に関しては、三時間も講演したので、ここにすぐに書くことはできませんが、内容については、おいおい書いていきます。


講演を終えて、自分の特殊な経験が色々な意味で役に立っているなぁ、と自覚しました。

それは、高校までは全力で独りよがりな理系男子だったのに、大学は文系の経済系でコミニュケーションを学び、大学途中から美術予備校で美術を学びました。
その後は、新潟の越後妻有アートトリエンナーレ(※1)でアートの現場と、山間地域の住民に深く関わり現場のリアルさを知り、その経験を通じて、学校現場と地方のアートイベント、東京の下町での活動を行ってきました。

その中で、結果として良かったなぁと思えることは、二つあった。
「そのコトにハマりながらも疑問視できたこと」と、「色んな世代・価値観の人と関われたこと」

大学にいる時、美術を学んでいる時、妻有にいる時、その時その場を支配している価値観にハマリながらも、完全に心酔できなかった。だから、大学にいきながら就職を考えなかったり、美術に全力で関わりながら、美術オタクにならずに、地域の人たちと仲良く会話ができた。

つまり、その時の状況を疑問視できたから、色々な価値観・世代の人と関われたということです。

それらの経験が、価値観的な深さと強さには繋がらなかったが、広さとゆるさに繋がって今にいたっています。


また、今回の講演会にあたっては、完全にノープランで出かけました。

自分は元々理屈っぽいことを、これらの経験の中で自覚していて、講演の流れを決めていくと、論理破綻しないように小さくまとまっていくとおもったので、アーティストとしての講演会なので、ノープランのまま考えていることを個々に語りました。

結果、わかりずらい面もあったと思いますが、その個別のトークのを一つの食材とすると、全ての講演で、住中という料理として提示できたと思います。
これは、三時間という長さのによることも大きくて、自由に話ができました。

この講演会を企画してくれた文教大学の浅沼くん、柿本くん、本当にありがとうございました。

ではでは。


※1 越後妻有アートトリエンナーレ(2000年~現在) 新潟県十日町新潟県十日町市+津南町の里山や集落を舞台に3年に1度開催される世界最大の国際芸術祭。
   住中は、2000年・2003年に集落での作品制作のボランティアスタッフ(こへび隊)などで参加。

0 コメント:

コメントを投稿