
アートについてばかりであれなので、商店街の話
色々な所で商店街に関わってきたけど、沖縄の銀天街でがんばっている林くん※1の話が、商店街に対する存在価値を変える見方を持っていてとても興味深かった。
「商店街はアーティストの集まりなんだよ。」とのこと。
「銀天街のあの薬局は、たしかに薬や化粧品とか売っているけど、いつもそこに愚痴というか世間話をしに行く人たちがいる。あそこはただ安い薬を売るドラックストアとは違い、カウンセラーの役割も果たしている。あの肉屋さんも子どもと話したり、見守ってたりしてその目の前で遊ぶ子供たちにとって児童館的な役割も持っている。」
「ショッピングモールなどのチェーン店のパートの人が機械的に業務をこなしているのと違って、商店街ってのは、店主が個人的な意図をもってやっているから、様々な要素や価値を持っているんだ。」
この話を聞いて、コストダウン図って量販化した安さに魅かれて、そっちに買い物をするようになったけど、そこでそれまで買い物という行為の中にあった人間と人間の関係から生まれる様々なモノを失った気がする。
商店街での立ち話などで愚痴を言えない人がカウンセラーにかかり、お店の看板娘に対してダジャレを言えない人がキャバクラに通い、子供は外で遊ぶと危ないと感じながら、ゲームばかりするなという矛盾する親も現れる。
結果、単品の商品のコストダウンはできたものの、他にコストがかかる構造になってしまったのではないのかな。
ただ、過去からある商店街がすべて完全で正しいなどと、言うつもりはまったくないです。開店時間の短さや、後継ぎの問題など問題は山づみだけど、ショッピングモールや、チェーン店に対し、商店街ならば、個店個店が店主の感覚で時代に合わせて変化できて、独自の価値に対して工夫もし易いと思う。しかし、かなりの工夫は必要だとは思う。
というのもチェーン店などは、コストダウンや集客に専門の人を置いて、それぞれ工夫を本気でしているのだから。
昨今、デパートが潰れそうで、商店街を潰してきたショッピングモールも売り上げがぼちぼちの中、アウトレットモールが売上を上げているらしい。
しかし売りが安さしかないアウトレットモールも、供給過多になれば価値を失うし、違う安い形態のビジネスが現れれば、ゴーストタウンなるのではないか。※2
盛者必衰とまで言わないが、時代の変化の速さに対して、変化していけなくなると後は衰えていくだけではないのか。
巨大店舗は新陳代謝がしにくいし、維持していくだけで大変である。郊外の巨大店舗は、郊外の地域文化をぶち壊しながら、その結果の過疎になり、人口減による売り上げ減となっていくのではないか。
そういう意味で、これから変化するシステムの中、商店街的な小回りの利くシステムの方が有利である。
しかし、この場合の必須条件は、そのお店が時代に合わせ変化しようとする個店個店のそれぞれのオリジナリティのある努力が必要である。※3
※1スタジオ解放区の林僚児と銀天街
彼らの活動はまさにリレーショナルアート。長い時間をかけ、銀天街の人たちと色々なコトを興している。ただ、ネットで個別のイベント見ても面白みは伝わらない気がする。
→スタジオ解放区
→コザの八百屋の独り言
※2余談だけど、六本木ヒルズも、ヒルズ族のブームも終わり、ミッドタウンが現れて悲しい空気だが、また新しいスポットができたらミッドタウンも悲しくなるだろう。
いずれヒルズやミッドタウンの店舗に空きが目立つようになり、マクドナルドとダイソーと吉野家が入って欲しいと思っている。
※3近年、デパートの中に料理教室や、ショッピングモールの中に図画工作教室があったりと、巨大店舗の方がなりふり構わぬ展開をみせている。